Bye byeプリン 家の子でいてくれてありがとう。

また、家族になろうね、、、プリン、、、生れ変ってきた時も家族になろうね。

12月6日夜8時53分私の腕の中で永遠の眠りへ旅たって逝ったプリン、、、
お母さんの腕の中でお別れできてお母さんは幸せでした。ありがとうプリン
2014年11月17日のプリン
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12月1日夜突然の緊急搬送、入院となってしまった私。
入院中、プリンのことが気がかりですが、横たわった私にはどうにも出来ない歯がゆい毎日。
入院6日目の早朝にプリンに起されました。病院が開くのを待って電話すると食欲も落ちてきて自力で食べられない状況だと、、、ストレス気味だとの返答だった。
入院中プリンの限界は5,6日位?と思っていた通りだった。
退院の見通しも無いままプリンの生命力に頼ることしか出来ないことが堪らなく辛かった。

病院のベットの上で来週には必ず会いにゆくからそれまで待ってて・・・とデジカメ写真のプリンに語りかけていた。

しかし、夜7時家族に獣医先生より「容態がかなり悪くなってきた」と連絡があり急きょ電話をいれると
下血し呼吸も浅くなって来たとのことだった。

私は主治医に一時外泊の相談し、急きょプリンが待つ病院へ駆けつけた。点滴が目に入り静かな寝息のような鼻息だけが聞こえるプリンの姿。冷えきったプリンの顔に撫で頬ずりすると薄っすらとお目目を開けてくれた。
プリンゴメンね遅くなってゴメンゴメンゴメン、、、それしか言えない私。
冷え切った体を摩りながら先生に「今夜が峠?でしょうか?」先生はそう思います。

ここで一人で逝かせるわけにはいかないので家に連れて帰りたいと告げる。
先生も容認してくれた。借り退院の処置を施してもらい
家に連れ帰り抱っこして「プリン!今夜は一緒に寝んねしようね」と語りかけると硬くなった身体を動かそうとする仕草するプリンだった。
プリンはこの時間を待っていたのか抱っこされながら眠るようにクイクイと首を数回上下に振り永遠の旅へと旅発って逝きました。悲しいより最期のお別れが出来て私は安堵の様な気持ちになりました。

家に連れ帰り30分も経たない永遠の別れとなってしまい、もっと話したかったに。それが今も心残り

私が緊急入院した日の夕食は元気で座りながら自分で腎臓食缶を美味しそうに食べていたプリンだったのに。
病院での孤独な5日間が耐えられなかったのかな。もしそうだったら、、、悔しいよプリン、、、本当にごめんね

動かなくなったプリンの身体をきれいに拭きブラッシングをしてプリンがこの世にいたこと家族だった証の残毛を。

突然の別れになってしまったプリンだけど、マイペースのプリンきっともうこれ以上ママに迷惑掛けたくなかったのね。きっと  また、家族になろうね  ありがとう  プリンに出会えた10年の歳月を思い出を大事に大事にするからね。

今はお骨となったプリンだけどいつもそばにいるからね。推定享年17歳

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